ケツ断 実録 痔ろうものがたり ⑥ 痔の手術

モンタナ
モンタナ

東京山手メディカルセンターで痔の手術を行う

痔の手術をすることがとうとう決まりましたとしみじみ思いました。
お尻に違和感を感じたのが、2021年の5月、今は2021年12月です。
診断が決まり手術の方針が決まるのに7カ月もかかりました。
廻ったお医者様は
佐々部医院
日本医科大学多摩永山病院
北里大学病院
多摩大腸肛門外科(紹介だけでいきませんでしたが)
東京山手メディカルセンター
と5つもあります。
双六か人生ゲームみたいです。
しかし、いろいろと知恵を巡らせました。
良い判断をしたのではないでしょうか?
セカンドオピニオンが大切だと言うこと、流されずにしっかりと自分で判断することが肝要です。
直感を大切にして、立ち止まってしっかりと考える事です。
義理の父の事を思いました。
ある手術がきっかけで帰らぬ人となりました。
あの手術が間違っていた、納得できないと生前言っていました。
そのことが原因で命を落としたのかは分かりません。
しかし本人はその処置に納得していませんでした。
亡くなるまでそう言っていました。
わたしも途中で危ない局面がいくつかありました、都度直感で逃れてきました。
多摩大腸肛門外科で手術していたら
日本医科大学多摩永山病院で切っていたら
取り返しのつかないことになっていたかもしれません。
東京山手メディカルセンターの選択は間違っていないと今心の底から思えます。

2021年12月2日 オペ日

事前準備

6:35
座薬の下剤を2個入れる。看護士さんに入れてもらいます。息を吸って吐いてで入れられます。
15分待って排便。
コロナの問診票を記入する。
7:00
検温と血圧を測る
36度2分 136
10:00
シャワーをして身を整える。
11:00
点滴を確保する。右手と左手を調べて血管の真っ直ぐな所を探す。右手の甲に近い部分に点滴の針を刺すが失敗する。
上手な人に代わりますと仰って下がる。
12:00
別の方が点滴の確保に来る。
点滴の液は、生理食塩水で何かあった時のために確保しておくそうです。
手術中に必要になった時すぐ薬を入れれるように準備しておくと言う意味合いだそうです。
採血の場合は、長く差し込む必要が無いので何処でもいいそうですが、点滴は長く血管内に針を刺すので血管が真っ直ぐな所を探すそうです。
私は、筋肉質で血管が深い所を走っていてジグザグしているようでなかなか見つからないと仰います。
右や左の手を探る際、ベットを左右にずらした時、ベットの頭の部分にある名札が落ちました。
縁起が悪い、嫌な予感がします。
左の二の腕の血管に確認出来ましたが関節に近いのであまり腕を曲げないで下さいと言われました。
手術の予定は13:00からですが、まだ連絡が無いので遅れそうですと言われます。

手術室へ

14:30
手術室へ
女性の看護師と共に歩いて手術室に向かいます。
小水しておいて下さいと言われてトイレに。
縮こまっていました。
7階から3階にエレベーターで降りて手術室へ向かいます。
手術室に入る大きな扉を開ける為に看護師が壁にあるペダルを足で踏む。
大きな金属製の自動ドアが左右に開き、待合室のような所に手洗いとピンクの長椅子があります。
手を洗い長椅子、ソファーに座るように言われます。
女性のスタッフがノートPCの載ったワゴンと共に現れ私の氏名と生年月日を確認します。
時計や指輪、身に着けている物は全て外しているか再確認されて、コンタクトや入れ歯がないか確認されました。
別の女性と屈強な男性が横にいて、麻酔を担当する〇〇です、と自己紹介されました。
私はうあの空で名前を覚えていません。
説明に来た麻酔の先生は、男性でしたが実際の担当は女性でした。
男性スタッフが手術室は寒いのでガウン代わりにこれを羽織って下さいと、バスタオルを肩にかけられました。
帽子も被ります。
クリーンルームに入る時に被るの髪の毛が落ちないようにするキャップです。
主治医の女医さんがニコニコしながら見ています。
女性麻酔医が説明を始めます。
局部でやって無理ならすぐに全身麻酔にしますね。
では行きましょう。
屈強な男性の方が麻酔医の助手なのでしょうか、私を促します。
待合室のような部屋はオペ室の前室で、大きな自動ドアがガンと開くとオペ室が目に入ってきました。
中央に手術用のベットがあります。
複雑な形状になっています。
うつ伏せになってお尻が突き出せる様な、そんな形です。
その横にストレートな処置用のベットがあり、そこに仰向けに寝ます。
狭いベットでごめんなさいね。
と言われ男性の助手的な方が主に優しく話しかけてきます。
酸素マスクをします。
コロナ対策でずっと使い捨てマスクをしているのですが、その上から酸素マスクをあてられます。
不安を和らげるような口調で、では右を上にして背中を出してください。
私の左手に男性の助手が配置、右を上に背中を右側に横になります。
麻酔医が私の右に配置して何かを始めます。
超音波により脊椎の位置と深さを測っているようです。
深いな
7、8センチ。根元までだ。
などと言っているその言葉が既に怖い。
場所を決めてマジックでマーキングしている。
映画パルプフィクションでゴッツイ注射針を心臓に刺すシーンを思い出してします。
アルコールで消毒しますね、ヒンヤリしますよ。
では背中を丸くして腰を突き出すようにしてください。
ダンゴムシの様な姿勢をして、覆いかぶさる様に男性助手が私の体を抱えます。
卍固めのような体制です。
腰を突き出して、チクっとしますよ。
腰の左側にチクっとした痛みがありますが、すぐに痛く無くなります。
麻酔液を入れながらなのでしょう。
歯医者で歯茎に麻酔注射をうたれている感じに似ています。
鋭い痛みは無いのですが鈍痛がします。
鈍痛は腰の中の方にだんだん広がり、腹の中の何かに触りました。
体がびくつくほどの痛みが一瞬走りました。
麻酔医が、全身にしましょう。
抜きます。
抜く瞬間も痛かったです。
痺れとかありませんか?
全身麻酔に切り替えますね。
上を向いてください。
薬入れます。
眠くなってきますよ。
と言われたのが最後の記憶です。

術後目覚める

17:30
目覚める
手術後の移動ベットの上で目覚めました。
手術室を出た待合室の様な場所です。
離れた所で主治医が「複雑性痔瘻だったね」と言うのが聞こえました。
移動ベットがエレベーターに乗り病室に着くのを自覚できます。
少し吐き気がして、凄くオシッコがしたいのと、腰が痛い、お尻も痛いのが自覚できます。
全身麻酔は寝ている間の感覚はないのだが、目が覚めると感覚が戻る様です。
点滴、酸素吸入、指に挟むやつをされます。
オシッコの管が付いているのがわかりました。
凄くオシッコがしたい。
チンチンに違和感がある。
お尻と腰も痛み始める。
夜の担当看護師さんは、男性でした。
オシッコがしたいと伝えるが、管がついていますので大丈夫です。
ちゃんと出てますよ。
しかし膀胱がパンパンな感じがしてとても眠れない。
と伝えます。
管の位置を変えて、出てますね。
管の位置を変える時もチンチンが痛いし。
お尻と腰も痛みが増してくる。
腰は、刺された所だ。
このままでは一晩中痛みで眠れないかもしれない。
それよりも小便がしたくてたまらない感じが我慢できない。
管を入れてるからで、慣れますよ。
男性看護師は、母性が無い。
このまま我慢しては、一晩後悔すると思い、
痛み止を要求しました。
痛みどめの薬は、三時間後でないと飲めないんです。
筋肉注射による痛み止を打つか先生に確認してきます。
20:00
筋肉注射
筋肉注射の痛み止を打ってもらえました。
痛みはなくなり、尿意も無くなりました。
オシッコを意識して出すようにすると管から出ている感じがします。
先生が様子見に来られる。
ね全身麻酔になったね。
思ったより大変だった。
くり抜いたから
痩せなきゃね
と言われました。
図を描いて見せてくれましたが、まだボーとしており詳しく理解出来ません。
不明 薬投与
家族に無事手術が終わった事をショートメールで送りました。
13:00予定で30分程度の簡単な手術と伝えていたので、心配していました。
まずは上手く行きましたと連絡。
22:00
消灯

術後2日目

12月3日
5:30
傷の確認、点滴外す、脚の血栓予防の器具外す、指挟むの外す。
血栓を予防するストッキングは、脚の浮腫みをとる強く締め付けるタイプの靴下で、手術中履いています。
術後は、その上からエアのマッサージ装置のようなものを足首からふくらはぎ全体に巻き付けて空圧で下から上に締め付けていきます。
血栓予防の器具なのですが、マッサージ器のようで気持ちがいいです。
これを一晩中つけていました。
脚は第二の心臓と言われますが、正に足首からふくらはぎにかけて絞るように圧力を加えてくれると血行が良くなり気持ちがいいです。
チンチンの管も抜かれました。
息を吸って、吐いてのタイミングで引き抜かれました。
座薬を入れられる時も同じように
息を吸って、吐いて、のタイミングでした。
力を抜く方法のようです。
8:00
朝食
みそ汁と牛乳、煮魚少し、オクラ一口食べる。
お医者様に傷を見ていただく。
綺麗で出血も無し。
シャワーを浴びても良い。
お医者様に傷を見ていただく。
綺麗で出血も無し。
シャワーを浴びても良い。
12:20
昼食
病室食と言うと冷えていて不味いと言う印象でしたが、そんな事はありませんでした。
熱々とまではいきませんが十分暖かくてとても美味しい。認識を新たにしました。
見た目はあれですけど。
詳しくはまとめて写真をUPしている「病院の入院食」を書きました。
排便する為に昼飯はしっかり食べました。
1回目の排便チャレンジ
屁だけででません。
きばるのは良くないと思い、傷をウオシュレットで洗う練習をしました。
目の細かいガーゼでポンポンと水を切りガーゼを当ててオムツを履きボクサーパンツを履きます。
痛みは無いです。
ゴムの様な物が垂れさがっていように感じました。
2度目の排便チャレンジ
でません。夜までにでない場合は下剤を飲む事になります。
15:00
シャワーを浴びる。
髪の毛と体を洗い幹部もシャワーをかけてサッパリ。
お尻に何か付いているのがわかりました。
16:00
事務の方が請求書を持ってくる。
詳しくは、「入院費用」にまとめています。
ご興味のある方は、ご覧ください。
17:00
麻酔医の女性がアンケートをとりに来る。
あなたが私を担当してくれた方ですか?
違うそうです。
アンケートは、喉が痛くないか、歯が折れていないか、痺れはないか、麻酔の途中で目が覚めなかったか?
等々
最後の質問は恐ろしい状況です。
全て無し、直後に吐き気と頭痛がした事を伝えて終わりました。
17:40
主治医の先生が様子をみにくる。
排便のない事伝えると、固くなる前に出す方が良いと言われて、下剤を飲むように言われました。
17:55
下剤を一錠飲む
18:00
夕食 暖かくて美味しい。でもお粥
下剤をもう2錠飲む。病院の廊下を散歩する。
歩かないと催さない。
18:30
排便成功
シャワーを浴びたいが予約で空いているのが20:30ただ一つ。ありがたい。
そこに予約を入れる。
20:30 シャワーを浴びて患部を清潔に洗う。
排便のタイミングとシャワーの予約を計画的に明日からしよう。
22:00の消灯まで持ってきた本を読む。
入院に向けて選んだ本については別に書きました。

手術説明書

主治医の書いた手術説明書があります。
それによると私の痔瘻ジロウは、お尻の右のほっぺに穴が空いているのですが、そこから穴はグルリと後方に回り込んで、腹とは反対側から肛門に続いていたそうです。

痔瘻の入口をくり抜くのと、肛門の括約筋の間際もくり抜いています。
くり抜いた穴が2箇所ありその穴から痔瘻管にゴムを通しています。
結構複雑な手術のようでした。

説明書によると、
体の表面からは深いタイプの痔瘻ジロウでした。
肛門内の 瘻管ロウカンにゴムを通し外来で少しずつ締めていき 瘻管ロウカンを開放する手術法です。
とありました。

手術説明書

お尻を拭くのはソフキュアガーゼ

排便後にお尻を拭くのも、傷口を抑えて体液を吸収させるのも白十字のソフキュアガーゼを使います。
トイレットペーパーは、傷口にペーパーが残留しまので使ってはいけません。
普通のガーゼも目が荒いので傷口を痛めます。
手術でくり抜いた所は縫っていません。
どうせ縫ってもすぐパカんと開く所だからと先生はおっしゃつていました。
清掃と傷口を抑えるガーゼは、ソフキュアガーゼを使う様に指示されます。
小さめにカットした物でお尻を拭いて、大きくカットした物をお尻に挟んで体液を吸収させます。
ソフキュアガーゼは、なくなりそうになれば支給されます。
退院後の為に、病院のコンビニで買って帰らなきゃいけません。

トイレ計画あるいはシャワー計画

12月4日土曜日 入院4日目 術後2日
トイレの後にウォシュレットで患部を洗う必要があるのですが、肛門近くにゴムヒモが二つ付いているので洗いきれません。
ゴムの輪っかは、牛の鼻輪ぐらいの存在感があります。
排便後綺麗に洗い切るのはシャワーでお尻全体を洗う必要があると思いました。
シャワーは予約制です。
予約の紙に自分で記入します。
30分毎で21時までです。
1日2回から3回は、排便したいです。
その後にすぐシャワーを使いたいので、排便計画を立てる必要があります。
シャワーは、皆んなが使うので独占するわけにはいきません。
いきなり3コマも予約を入れるのは、良くないでしょう。
人気のない時間帯をまず2コマ押さえようと思います。
人気のない時間帯、それは午前中早い時間と食事時です。
8:00 12:00 18:00 が食事のタイミングです。
まず、シャワー予約は朝の7:00と昼食時の12:00に入れることにします。
これだと皆さんの迷惑にならないでしょう。
その後、皆さんのシャワー予約を12:00以降に確認し空いている所に入れる。
この段取りで予約を入れる事にしました。
6:00
点灯 シャワーの予約表に記入しに行きます。
まだ予約表が出ていません。
促して出してもらいます。
大体7時頃に出すそうです。
予約表の開始時間は9:00からでした。
7:00とかには入れないのか確認しました。
何か事情がない限り時間は9時から夜の9時までです、と言われました。
最初から計画が狂った。
一番早い9:00に予約を入れました。
それ以降に12:00が空いていれば入れて12:00過ぎてから皆の予約状況を見て15:00頃に入れます。
シャワーの予約時間のタイミングでトイレにいくのがいいのか、我慢すると出なくなるようにも思いますので、そこは成り行きかな。
9:00
無事排便とシャワーを済ませる事ができました。
13:30にシャワー予約を入れました。
今10時なのですが、ほとんど他の方は予約を入れていません。
13時にシャワー室清掃予定となっていましたので清掃後の爽やかな時間に予約を入れました。
担当医が患部の診察に来ました。
よく洗えていますとのお墨付きをいただきました、一点窪みの所は指で洗うように言われます。
抉って穴の空いている箇所です。
触るのは怖い気持ちがありますが、そこが肝の様です。
13:30のシャワーで挑戦です。
12:30
昼食を平らげて排便の為の本日2回目のミッションを開始します。
13:00
散歩をして排便を促します。
清掃担当の女性が浴室の清掃を始めています。
病院の廊下を歩き回ります。
催して排便成功。
まだ掃除のおばちゃんが掃除しています。
外国の人のようです。
片言の日本語で挨拶されます。
中国語のような言語で同じ掃除のおばちゃん同士では話しています。
移民問題に遭遇しました。
彼ら彼女らは、懸命に働きやがて日本人を超えるでしょう。
勤勉さは、のちに勝利します。
私たちの孫の時代に逆転される事のないように、今を自分なりに懸命に生きたいです。
13:20
早めに掃除は終わっていましたのでシャワーをいただきました。
清掃は完璧ではありませんでした。
色々な備品の位置はバラバラで、誰か忘れているであろうマスクも脱衣籠の一番下に放置されています。
足元のマットも水平が合っておらずシワがあります。
責めているわけではありません。
完璧にこなしていたら、それは恐ろしい事に感じるでしょう。
仕事をキッチリとやり遂げる民族に勝てないからです。
さて、シャワーですが、
念入りに窪みに当てて綺麗になるように意識しました。
ミッションは、成功です。
今日の最終時間20:30に予約を入れて、あと晩御飯後のミッションに備えます。
18:00
夕食 最後の晩もお粥でした。お粥を美味しく頂くためにコンビニでユカリを購入しています。
ふりかけて頂きました。
おや?ユカリの塩加減が薄味に感じる。
病院のコンビニだから減塩なのか?
たくさんふりかけてしまいました。
味の素の穴径作戦かもしれません。
17:00
院内を歩き回ります。排便促進のためです。
その際携帯ゲームのピグミンを起動させて花を植えながら歩きます。
ご存じない方は意味がわからないでしょう。
ゲームのピグミンがお気に入りです。
20:30
シャワーを浴びて患部を清潔にする。
夜は催しませんでした。
今日のシャワー計画は概ね成功でした。
明日の朝の9:00のミッションで入院先でのシャワーミッションは終了です。

12月5日日曜日 入院5日目 術後3日 退院日
7:15
朝のシャワーの予約を取りに行くと、予定していた9時の枠が取られていました。
遅れをとりました。
しくじった。
9:30の枠を押さえました。
今朝は膿がガーゼについてのいたので、早急に洗い流したかったのですが、油断していました。
昨日までとは違う選手が投入されており、シャワーの重要性に気づいた新人に出し抜かれました。
9:00
排便成功
9:30
シャワー完了
今日退院です。
これでトイレ計画そしてシャワー計画は終了です。

入院4日目、明日は退院

6:00
起床 病室の電気が付きます。
入院最後の日で明日退院です。
本日のミッションは、トイレ後のお尻ケアを完璧にこなす事です。
その為の計画書を立案しました。
「トイレ計画あるいはシャワー計画」に詳しく述べています。
ご興味のある方はご覧ください。
病院の構造の解明
病院内を散歩しながら病院の構造を理解します。
詳しく知らなくても良いのでしょうが、すること無いので。
ご興味がありましたら「病院内を探検する」をご覧下さい。
7:15
朝の排便成功
8:00
朝食 完食 お粥でした。
配膳のおばちゃんにありがとうを伝えるといろんな気持ちが湧いてきました。
「感謝の気持ちが湧いてきた」に思いをまとめました。
9:00
シャワー完了 トイレ計画通り
9:30
コンビニ探索
13:30にシャワー予約を入れる。
10:00
担当医の先生が問診に来ました。
排便できたか確認。患部を確認、よく洗えています。
抉った所もしっかり洗うように言われる。
明日の退院時間の確認。
10:00頃でどうでしょうか。
朝食は出ますよ。
昼食はいらないよね、つけとく?
と確認されましたが、昼食はご辞退いたしました。
11:50
体温と血圧測定、傷のチェック
体液が多めに出ているのでこまめに交換する事。
1日6回程度交換して感染を防止する事。
ベットの背もたれと足の部分が昇降する事が判明した。
12:30
昼食配膳 まだお粥だ。
12:48
催すために散歩をする
13:00
排便 お尻を拭くのはソフキュアガーゼ
13:30
シャワー
トイレ シャワーミッション終了
15:00
2度目のコンビニ探訪
18:00
夕食 完食。最後までお粥でした。
コンビニでユカリ購入。お粥を美味しく頂く。
19:00
排便の為の院内散歩。スタッフ紹介の写真を見つける。
トイレに行くが便意は催さない。
20:30
シャワー
20:43
ナースセンタに行き夜のスタッフは明日何時までいるのか聞きました。
9:00までだそうで、自分は明日11:00に退院する事を伝えて皆さんにお礼を言いました。
21:00 の消灯まで本やYouTubeを見る事にします。
暑いのでアイスノンをいただきます。
今日で3日連続夜はアイスノンを頭に敷いて寝ています。
体温が37度を少し超えていて暑くて汗が出ます。
これは、手術後は体温が上がるそうです。
体の免疫力UPしているようです。
21:24
消灯 おやすみなさい。

東京山手メディカルセンター入院あれこれ

入院して3日目です。
手術は終わり、色々余裕が出てきました。
病院内を歩き回って病院の構造をレポートします。

病院の入院食

12月1日
昼食 13:35
お粥
有馬焼き
長芋の繊切り
生姜醤油和え
飲む野菜と果実

病院食昼食

夕食 18:00
お粥
華風旨煮
サラダ
網佃煮
バナナ

病院食夕食

12月3日
朝食 8:00
お粥
みそ汁
魚の照り煮
オクラと湯葉のお浸し
牛乳

病院食朝食

昼食 12:20
食パン
ジャム
鶏の照り焼
サラダ
バナナ

病院食昼食

夕食 18:00
お粥
厚揚げのあんかけ
和え物
酢味噌和え
梅干し

病院食夕食

12月4日
朝食 8:00
お粥
みそ汁
温泉卵 正油付
青梗菜と油揚げの煮浸
牛乳

病院食朝食

昼食 12:30
お粥
マヨ和え
味噌煮(生姜煮)
煮付け
浸し

病院食昼食

夕食 18:00
お粥
おでん
和え物
サラダ
りんご

病院食夕食

12月5日
朝食 8:00
食パン2枚
ジャム
サラダ
パイナップル
牛乳

病院食朝食

4泊5日の入院でした。
手術の日は食事を抜きますから、9食いただきました。
ご飯と主菜は温かく、味も美味しい食事でした。
皿がこんな感じですから、美味しそうには見えないかもしれませんが、初めての入院で予想よりうまい飯が食えました。
感謝。食パンは暖かかったです。

清潔な病院

東京山手メディカルセンターに入院しました。
古い病院のようなのですが、とても清潔です。
嫌な匂いも無く、トイレも綺麗でした。
ベットや備品を消毒している様子も頻繁に見ました。
掃除のスタッフもずっと床を磨いています。
大腸の病院て独特の臭いがあると思いますが、それは感じません。
古いけど清潔な病院です。
コロナだからなのかもしれませんが、清潔に気を使っているのがわかります。
他の病院は、糞尿の臭いがしていましたので、東京山手メディカルセンターの清潔さに感心しました。

病院内を探検する

入院して3日目です。
手術は終わり、色々余裕が出てきました。
病院内を歩き回って病院の構造をレポートします。
中央に4基のエレベーターがある。
業務用と一般用に2基ずつ分かれている。
エレベーターホールを中心にして、
東棟と西棟に分かれている。
東棟は、肛門科
西棟は、消化器内科
それぞれの棟の中央にナースステーションがある。
ナースステーションにいるのは、看護師の他に看護師助手、薬剤師と栄養士。
チームは、AとBの2チームに分かれている。
特攻野郎Aチームみたいです。
ちなみに私の担当はBチームです。
チームにより担当する病室を決めているそうです。
7階の病室は、701から726の25部屋ある。
704は無い。
東棟は10部屋
西棟は15部屋ある。
そのうち個室は、
705、706、707、712、713、717、719、720、726
の9室。
個室の扉は全て閉まっていて、大部屋と症状監察室は開いている。
コロナの関係で換気をよくしているのでしょう。
720には患者さんが居ないようで扉が開いていました。こんな感じです。

病院個室

仕事したり出来ますね。
家族の見舞いにはいいと思いましたが、今はコロナの影響で家族の見舞いは禁止されています。
大部屋が良いのか個室が良いのか。
私は大部屋がいいのではないかと思いました。
大部屋でもカーテンで仕切られており、プライバシーは守られています。
唯一イビキの問題はあります。
ナースステーションを挟んで一方の面に男性患者の大部屋が、もう一方の面は女性患者の大部屋が並んでいる。
ナースステーションの直前には症状監察室がある。
エレベーターホールを出た所に面会室がある。
今は、コロナで面会謝絶です。


面会室は、携帯で電話できるスペースとして開放さてています。
コンビニは2階にあります。
甘い物を入手しました。
食事前に食べました。

病院の大部屋について

大部屋6人部屋

大部屋に入院しました。
6人部屋です。
仕切られたスペースの中に、ベットと棚がついた机と椅子。
その棚の背後にロッカーが組み込まれていて、テレビも内蔵されている。
テレビはイアフォンでしか音を聞けなくなっている。
DVDも付いている。
音が出る物は無い。
カーテンだけなのだが、これが全くプライバシーが守られていて、どんな人なのか顔もわからない。
大部屋だと他の人との会話などもあるのかなと思っていましたが、全然そんな事は無い。
カーテンで仕切られていて、会話も無い。
知り合いになるとか、話をするとかを希望しているわけでは無いのだが、とても静かだ。
病院だからそれはそうだ。
私も自分の手術が終わるまでは、余裕もなく自分を見つめるだけだったが、無事終わると退屈が始まり他の人たちや環境に目がいく。
まず気づいたのが、病院内が清潔である事。
コロナの事もあってか、あちこちで消毒している。
ベットや備品をこまめに消毒している。
トイレも臭くない。
古い病院の様だがキチンとしている様子だ。
何処とは言えないが、大腸科は大便のにおいがどこか漂っている。
この病院は臭くない。
この病院はいい病院だと思った。
スタッフにも色々な種別がある。
医者、薬剤師、看護師(女)、看護師(男)、看護師補助、寝巻きなどを運ぶ業者の人、食事の配膳係、掃除のスタッフ、事務員。
この人たちは全て制服が違う。
そしてひっきりなしに病室にやってくる。
そこでの会話は、大部屋なのでそこは筒抜けです。
聞くとは無しに話を聞いているうちにその人たちの事情が分かってきます。
私の右手の方は、腸閉塞の疑いがありもう1ヶ月も入院している。
絶えず見回りに来ている医者や看護師の指示に対して従わず「いや大丈夫だ」とか「これはいい、いらない」と3割ぐらいは自分の意見を通している。
医者が「CTだと腸閉塞なんだよね。いつも〇〇さんはは大丈夫と言ってくれて、〇〇さんと話すと安心しちゃうんだけど」いやいやいや、そこはCTの結果を通すべきでしょう、と思ってしまうやりとりが聞けるほどその場を支配している。
「牢名主」と命名した。
大部屋を牢屋に例えるのもなんので「老名主」に変更します。
左手の方は、深刻な感じで、手術で取りきれなかったので放射線か薬物治療を検討している。
みんな痔の患者なのかと思っていたのでですが、様々の様です。
でも明るい受け答えが聞こえます。
30代くらいにみえます。マスクをしていますが、濃いヒゲがマスク周辺からはみ出ています。
凄い標準語で、テレビマンみたいな話し方をします。「〇〇チャン」と実際には言わないのですが言っている様な印象です。
若い女性看護師に労いの声をかけて、話しを弾ませているかと思えば、気に入らない質問には返答しません。
印象から名づけると「髭モジャテレビマン」
向かいの人は3日目に退院しました。
彼は私同様痔の様です。
退院後の注意点などの説明が聞こえました。
彼の退院後にすぐ別の男性が入院してきました。
彼の事情も筒抜けです。
血液サラサラの薬を飲んでいて、もし転倒して頭を打ち内出血したらおしまいだと言っています。
私の義父もそうでした。
サラサラの血液に薬でなって、脳内出血で意識を失いました。
50を過ぎたら血圧は140は必要だ。
130以下が良いなんて出鱈目だ。
と血圧を測りながら言っています。
看護士は、人それぞれですから、と流していました。
血圧に関して、テレビはウソを言っている。
と言う彼の意見には私も同感です。
彼の印象は、髪の毛はベートーヴェンみたいなウエーブのかかった長髪で、髪の長い大学生が活動家になってそのまま老人になったような印象です。
彼の口癖は「これはえらい事になった」そのあと舌打ちをします。
バリトンのいい声で、ずーとぼやいています。
老人活動家の様に見えましたので「ボヤキ左翼」と名付けました。
しかし彼が本当に左翼か否かその主義は分かりませんので、新聞記者かカメラマンの様にも見えましたから「ボヤキ報道カメラマン」と命名します。
何処かが痛いらしいのですがある注射を打つと治るそうです。
しかしその注射は凄く高い注射で、役所がそんな高い注射は打たないで欲しいと思っているはずだ、だから転院を進めてきたのだ。
と主張しています。
「これはえらい事になった」あの注射さえ打てば痛みはスート消えるのに、ここではその注射を打ってくれない。
代わりにこんな点滴をつけられて身動きできない。
煩わしい。
これをとって欲しい。
トイレにもいけない。
まあ、痛くは無くなったんだけどね。
痛くないんかい。
彼はその後大騒動を起こします。
向かいの右隣は謎の人です。
ほとんどカーテンから出てこないのと、看護師さんとの受け答えもほとんどしません。
若い人の様に思いました。
それは、シャカシャカ音が聞こえるからです。
電車とかで大音量をイヤホンで聴いている人の音漏れがシャカシャカ聞こえますよね。
あれと同じ音が聞こえて、リズムをとるように膝を叩いている様な音がパンパン聞こえるからです。
ところが若者ではなく自分と同じぐらいの年配でした。
「ロック親父」と命名しました。
この様に、大部屋はやはりプライバシーがあるようでないような、そんな感じです。
さて、個室がいいのか大部屋がいいのかなのですが、私はスターや政治家でない限り大部屋で良いと思いました。
自分は病気ですから、人の目を気にするような余裕もありませんし、コロナで家族の面会も出来ません。
大部屋でもカーテンの中ではプライバシーが守られています。
人の気配があるのも良いです。
一つ問題があるとすればイビキです。
自分は妻からイビキがうるさいと言われいます。
初日の入院説明でもイビキをするか確認されました。
はい、しますと回答すると
ひどいようならイビキ枕を支給します。
と言われました。
それはなんですかと尋ねると、イビキを感知するとビリビリして起こす枕だそうです。
それでもイビキがひどい時は別室に移動されるそうです。
個室になるのでしょうか?
費用が気になります。
そしてやはりイビキは問題になりました。

大部屋でイビキは命がけ

入院3日目の夜中に突然顔にライトを当てられて起こされます。
カーテンを開けて仁王立ちの大柄の女性の看護師のシルエットが見えます。
表情は逆光で見えません。
nagatoさん、イビキ!と言われます。
入院4日目、寝つきが悪く12時過ぎにやっと寝付けたその夜に頭を持ち上げられて目が覚めます。
ブーンと枕が振動しました。
これが初日に言っていたイビキ枕だな。
自分がイビキをかいている自覚はないのです。
イビキ枕がセットされました。
目が覚めると隣の髭モジャテレビマンが起きていて灯りがついています。
ゴソゴソとしながら看護師に「すごいんだよ、寝れないよ」と言いながら部屋を出ていくのがわかりました。
ブーンと枕が鳴ります。
ンゴーとイビキの音が聞こえます。
ブーンとの枕が鳴ります。
昨日入ってきたボヤキ左翼改めボヤキ報道カメラマンがイビキをしています。
ブーンと枕が鳴ります。
老名主も起きているようです。
ロック親父は気配がありません。
自分のイビキで迷惑をかけてしまいました。
申し訳ない気持ちは余り起こりませんでしたが、昔サラリーマン時代に東京で展示会をする事があり、大阪から応援で泊まり込みで行った事を思い出しました。
先輩とツインの部屋で、その先輩がイビキ持ちで迷惑だった事を思い出しました。
牢屋の中でイビキをかく囚人が全員に殺される話も思い出しました。
スタンリーキューブリック監督映画フルメタルジャケットで、足手まといのデブが夜中ベットの上で全員から制裁を受けるシーンを思い出しました。
2段ベットの上段で寝ているそのデブを抑え込んで、宿舎にいるチーム全員が一発ずつタオルに包んだ石鹸で殴る軍隊での制裁のシーンです。
イビキは、それぐらいの怒りを同室のものに与えます。
ブーンと枕が鳴ります。
絶えずブーンと鳴るのは、意識が落ちてイビキをかいて枕が鳴るのか、定期的に鳴のか、他の音にも反応して鳴るのか不明ですが、鳴って目が覚めるのですから意識としては絶えず鳴っているように感じます。
ブーン、ブーン、ブーン。
私のイビキは大部屋の人達には大問題のはずです。
しかし、それを上回る大事件が起こる事で、私のイビキ問題は大ごとにはならず、私は隔離されることもありませんでした。
その大事件は「報道カメラマンは血だるまになり連れて行かれた」に書きました。

大部屋でおきた大事件

報道カメラマンは血だるまになり連れて行かれた

私の術後2日目に大部屋に入ってきたのが
「ボヤキ左翼」改め「報道カメラマン」です。
なぜそのようなあだ名を付けたのか気になる方は、
「病院の大部屋について」をご覧ください。
彼は入院時から大騒ぎでした。
彼を取り巻く者たちの様子も少し大袈裟です。
男性の医者か看護師、声が若かったので多分医者では無いと思うその男性は、最初付き添いの身内か何かかと勘違いするほど彼の言いなりに様々な要求に答えていました。
足りない物を買い物に行かせたりしています。
彼の声はバリトンの堂々とした低音です。
威厳のあるいい声で様々な事を発信します。
まず自分がいかに危険な存在かをアピールしています。
血液サラサラの薬のおかげで、わずかな出血でも命取りなのだ。
その男性看護師が同意します。(医者ではないと感じます)
はい、もし転倒して頭を打ち、出血が骨の中ですと命取りです。
「そうだ、一発でお陀仏だ」
「私たちはその様な事がおきないように全力で〇〇さんをサポートさせていただきます」
そう宣言しました。
私はそんな風に言われませんでした。
彼は何者なのだ、大物か?
彼の事情がだんだんわかります。
一人暮らしである事。
何処かに強い痛みがあり、その痛みをとる注射がある事。
その注射はとても高い注射であるらしい事。
役所が、そんな高い注射を打つなと言っている事。
別の病院から転院してきた事。
本当の入院日より何日か早く入院を急かされてタクシーで飛んできた事。
その為に十分な入院準備ができなかった事。
それらの事を
「これはえらい事になった」
「いよいよえらい事になってしまった」
と言う口癖と舌打ちをしながらよく通るバリトンのいい声で話します。
彼の最初の悩みは、携帯の充電器がない事です。
docomoの携帯で、C端子だそうです。
最初からそれを訴えて、手先の様な男性にどうにかしてほしいと言いました。
家族に持って来てもらえないかと尋ねますが、一人暮らしで誰もいない。
院内のコンビニに売ってないか調べに行くもない事がわかります。
来るたび来るたび充電器が無い不便を訴えて、やがて、急がされて入院が早まった事が原因なのだと言います。
コンビニで携帯は有償で充電できる事が判明します。
「200円か随分高いな」
いい声で文句を言います。
テレビが見たいと言い、テレビカードを買いに行かせます。
テレビカードは、面会室の販売機で売っている様です。
その自販機は100円玉しか受付ません。
なぜ50円が使えないのだ。
「面倒臭いな」
小銭を渡して買いに行かせます。
テレビを見出すと静かになるのですが、点滴が邪魔だと言い、トイレにも行けないではないか。
どうやって外すのだ。
と尋ねています。
外してはいけません。
トイレには付添いますので行きたい時に呼んでください。
看護師が何人かかかって彼を車椅子に乗せてトイレに行きます。
「点滴を外していくのかと思っていたよ」
トイレから帰り血圧を測りながらその様に言いました。
血圧が130以下がいいなんて出鱈目だ。
50過ぎたら140以上は必要だ。
テレビは出鱈目ばかり言っている。
「そうは思わないか」
と女性の看護師に迫ります。
彼女は、人それぞれですからね、と軽くいなしていました。
女性の方があしらうのが上手です。
男性は真面目に受け答えしてしまい、おかしな方向にコントロールされてしまいます。
年齢は、50代の様ですが私より老けて見えます。
チラリと似た感じ、大学教授か左翼活動家か新聞記者かベストを着ればカメラマンに見えました。
彼は、なぜ点滴が必要なのか、邪魔なのだ、外して欲しいとずーとお願いしています。
あの注射でいいんだ。
あの高い注射が一番効くんだ。
痛みをとるにはあれが良い。
と言います。
私も痛みをとる為に要求する気持ちはよくわかります。
「まあ、今は全く痛く無いんだけどね」
と言いました。
なんやねん。
痛く無いんかいな。
そしてイビキをかいて寝てしまいます。
点滴が邪魔で一睡もできない。
外して欲しい。
点滴以外にも何か装置に繋がっている様です。
これも邪魔なのだ。
眠れない。
一度帰って寝たいのだが。
とステキな低音で来るたび来るたび訴えます。
月曜日の検査までこの器具は外せません。
検査に必要なんです。
そうして慰めながらも賑やかにしています。
彼の声がステキすぎて全く嫌な感じはしないのです。
演説をすれば皆を魅了するでしょう。
そんなボヤキの彼が、4日の深夜、5日の早朝でしょうか、点滴を引き抜いて大騒ぎを起こしていましました。
繋がっていた機器も引き剥がしたのでしょうか、ピーピ警報が鳴り看護師が駆けつけました。
見てはいませんが血だるまの様です。
部屋の電気が点けられて大騒ぎが起きたのです。
本当に「えらい事になってしまった」のです。
なんだかよく分からなかった。
夢を見ていた。
夢では家で寝ていた。
このベットを持って帰って家で寝ている夢を見ていたのだ。
私は、昔自転車に乗った爺さんが、矍鑠と自転車を漕いで止まっている自分の車の左横を強引に抜けようとした際自転車で車の脇腹を擦った時の事を思い出しました。
通行の少ない道で、車の右手をいけば良いのに、なぜ狭い左側に入り込むのだ。
そう思いました。
私はバックミラーで近づく彼と、左を行こうとしている事に、これは擦るなと感じて最初からずっと見ていました。
彼は強情な表情で自転車を怒り肩で漕ぎ、邪魔なんだよと言いながら狭い左側を抜けようとした際バランスを崩して私の車を擦りました。
案の定です。
車から降りて、何すんねんと言うや否や彼は先ほどの強情な表情が一変して身体も縮んだ様にヨボヨボのボケ老人を演じました。
アウアウアウと言いボケたふりをしています。
さっきまでしっかりしていたのに、耳も聞こえない何も分からない、そんなふりをして逃げてしまいました。
「ボヤキ左翼」改め「ボヤキ報道カメラマン」もその時のお爺さんの様に、夢なんだ、何もわからないと弱々しく言っています。
看護師さんは、良くある事ですよ大丈夫。
決して責めることなく、怪我をした子供をあやす様に慰めます。
〇〇さんの事が心配だから、もっと近くて見える病室に変更しますね。
ベットごと移動しますので、そのままでいいですよ。
動かないで。
騒がしさは20分ほど続いて彼は別の部屋に連れていかれました。
看護師さんが、私たち全てのカーテンを少し開けて、「騒がしくして申し訳ありません」
と謝ってまわっていました。
この「ボヤキ左翼」改め「ボヤキ報道カメラマン」の騒動のおかげで、私のイビキ問題は、それほど大きく取り上げられませんでした。

感謝の気持ちが湧いてきた

朝食を配膳してくれるおばちゃんが、8時に病室にやってきて、朝食を机の上に置いてくれた時、いつもありがとうございますと言う感謝の言葉が出てきました。
感謝の言葉を口にすると感謝の気持ちが湧き上がりました。
妻と2人の娘、家族への感謝の気持ちが湧き上がり、まず妻に、2人の娘に感謝の気持ちをメッセージで伝えました。
妻からは、手術の日に、「健康であることは当たり前では無い」事に気がついたと言うメッセージが来ていました。
余裕もなくちゃんと返信はできていなかったのですが、返す形で感謝の気持ちをメッセージで出しました。
長女は、妻が1人になるのが寂しいだろうと言う事で入院に合わせて孫を連れて帰ってきてくれています。
次女も優しいメッセージを手術前に送ってくれていました。
2人の娘にもそれぞれ違う感謝の念をメールしました。
言葉に出すと心も動きますね。
帰ったら言葉でも伝える事にいたします。
東京山手メディカルセンターの古川先生にも感謝しています。
この感謝の気持ちは初めて古川先生に診察していただいた時に強く感じた事です。
よく肛門科の先生になってくだすったと言う強い感謝の念です。
お医者様にも色々ありますが、ご不浄の場所を見てくださり事を決意され勉学に勤しんで下さった事に感謝出来ました。
書いていて気づきました。
御不浄、トイレの女神様と言う言い伝えがあります。
トイレと言うご不浄を綺麗にすると良いことがあるとか。なりほど古川先生は女神様です。
当初の読みとは違う複雑性痔瘻でしたが、適切な手術もしていただいたと言う確信があります。
ありがとうございます。
看護士さんも皆さん素晴らしいです。
病人の小汚い部分にも平気で対処して優しい言葉をかけてくれる。
看護士は女性が適任だと感じましたが、男性の看護士も立派です。
彼ら彼女らも、自分の父親に対する感情が患者に対する対応に比例しているように思いました。
他人に献身できる人々が沢山いる環境に感謝します。
最後に日本政府に感謝します。
高額な医療費を負担してくれる制度に感謝いたします。
日本国に感謝します。

ケツ断 実録 痔ろうものがたり ⑦ 退院 に続きます。

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